荒武裕一朗 ピアノ
荒武裕一朗
荒武 裕一朗(あらたけ ゆういちろう)
(Piano,Fender Rhodes,Organ)
1974年 宮崎県出身 寅年

<幼少期>

音楽に全く興味がなかった両親は、 子供には何か楽器をさせるべく、 4歳から強制的に町のピアノ教室に姉と共に通わされる。
ピアノ練習は大嫌いだったが、「発表会」だけは出たい! というただの目立ちたがり屋だった。

<中・高時代>

親父の仕事のため家族で京都に引っ越す。
関西弁が喋れず、国語の本読みが大嫌いになる。ピアノ教室には通うがほとんどやる気がなかった。が、やはり「発表会」だけは好きだった。
この頃ラジオから流れるジャズに興味を持つようになり、第4回ビクター音楽コンクールで優秀賞を受賞、これをきっかけに関西のジャズミュージシャンの小松尚人(ds)氏・岩田美智夫(g)氏と京都ルネサンスホールでのコンサートに参加する。
この時期アルバイト(居酒屋)の貯金でジャズ喫茶「魔女利華」に夜毎学ランで通うようになる。

<大学時代>

立教大学経済学部に進学し、懲りずに体育会バレーボール部に入部する。この時期は大量に酒を飲まされ、酔いを次の日の練習で醒ます日々を送る。泥酔は当たり前、血を吐いたこともあった。辛い練習ではあったが、いい同期に恵まれ、主将として何とか乗り越えられた。 大学を無事に卒業する。

<卒業〜現在>

ピアニスト本田竹広氏と出会い、そのピアノに圧倒され続ける。プロミュージシャンになるため、作・編曲法を福村博氏に2年間師事する。

1998年、若手TA−TA SEPTET(佐藤帆・森田修史・池田雅明・荻原亮・安東昇・力武誠)を結成し、新宿ピットイン・六本木アルフィー・ブルースアレイジャパン等に出演するようになる。

2000年、本田珠也(ds)氏をゲストに迎えた渋谷“club asia”でのライブを最後に解散する。 その後、メンバーの変遷を経て現在のトリオとなる。その年、金井英人(b)グループの一員として、横須賀サイカヤホールでのコンサートに参加する。

2001年、“UMKフェニックス・ジャズ・イン”に、三好功郎(g)、池田潔(b)、外山明(ds)と共に出演する。2002年、初リーダーアルバム、トリオ「I dig it!」がKIR JAPANより発売される。同年、坪山健一(as)アルバム「君宛ての手紙」(Shiny Entertainment)にキーボーディストとして参加する。

これまでの共演者としては、金井英人(b)、小山彰太(ds)、林栄一(as)、山崎弘一(b)、原田俊太郎(ds)、外山明(ds)、田村夏樹(tp)、クリス・シルバースタイン(b)、やまもときょうこ(vo)<元オルケスタ・デル・ソル>他。 <敬称略>

現在は「自己のトリオ」のほか、「本田珠也(ds)クインテット」「坪山健一(as)グループ」等に参加しながら様々なライブやセッションで演奏活動をしている。
http://www.ahiko.net/aratake/
▲ページのトップへ戻る